昨夜、東野圭吾著『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を読み終えた。こうやって読書備忘録を残すようになってから、これをしないと次の小説にすっきりした気持ちで移れない。なんとなく、小説の世界観に未練が残っている気がして、浸っていたいようなもやもやした気持ちが晴れない。読んだ感想や気に入った文章の引用をまとめると、心が落ち着いて安心するような、読み終えたばかりのフレッシュな気持ちを閉じ込められるような気がするのだ。
というわけで、本を読み終えた後の(特に小説)読書備忘録ブログは気づいたら習慣になった。
読書記録
タイトル:『ナミヤ雑貨店の奇蹟』
著者:東野圭吾
出版社:KADOKAWA
フォーマット:Kindle
読書期間:2025/09/04-2025/09/08
東野圭吾著の本を読んだのは初めてだったが、私が小さい頃、よく父が東野圭吾のミステリー小説の最新本を買いに本屋に行くのについて行った記憶があるので、少し親しみを感じる。いつも次にどの小説を読むか決めるときにChatGPTにお世話になっている。こういう本が読みたい、今はこういう気分、今後読みたいと思っている本の名前、まだ読書を始めて日が浅いなど、私の状況を説明すると日本の小説3タイトル、海外小説3タイトルのおすすめを出してくれる。前回読んだ本は『アルジャーノンに花束を』で結構読み終えた後の心がずんと重かったので、少し心があたたまる優しい話が欲しかった。
そこで、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を選択した。全体的には心温まる、かもしれないが、読み終えた後の私の気持ちとしては、結構しっかりシリアスな話が多かった、という印象。
この本は時空を超えた手紙のやり取りを中心に展開する、基本的にはファンタジー小説だが、ミステリー作家が書いた本らしく伏線が丁寧に張り巡らされ、多くの登場人物が複雑に繋がっているのが面白い。
物語の鍵となるのは、タイトルにもなっている「ナミヤ雑貨店」に加え、同じ地域にある子ども養護施設「丸光園」。丸光園の名前は物語の序盤から登場するが、その施設とナミヤ雑貨店の関わりが明かされるのは終盤になってからだ。創設者を知る人物の回想を通して語られるが、登場人物の中で両方を直接よく知っている者はいない。だからこそ、この伏線が最後に回収され、「なるほど、こう繋がっていたのか」と気づけるのは読者だけ、という仕掛けになっているのが魅力的だった。
本は5章に分かれている。
第一章 回答は牛乳箱に
第二章 夜更けにハーモニカを
第三章 シビックで朝まで
第四章 黙禱はビートルズで
第五章 空の上から祈りを
第一章は、空き巣を狙った3人組の男性陣が『ナミヤ雑貨店』に忍び込むところから始まる。登場人物は敦也、翔太、幸平。警察がこないかと怯えているが、この時点ではなんでこんな状況下にいるのかは語られない。ナミヤ雑貨店はもう長らく使われていないようで、この3人は一夜だけここで過ごしてすぐに出るつもりだった。その時に封筒が届く。封筒は『月のウサギ』と名乗るものから。それはナミヤ雑貨店宛の相談だった。
敦也は乗り気じゃないが、幸平と翔太は興味を示し、疑心暗鬼のままではあるが返事を書くことにする。
「俺の説はこう。シャッターの郵便投入口と牛乳箱は、過去と 繫 がっている。過去の誰かが、その時代のナミヤ雑貨店に手紙を投げ込むと、現在ここにある店に届く。逆に、こっちが牛乳箱に手紙を入れると、過去の牛乳箱に入ったことになる。どういうわけで、そんなことが起きるのかはわからないけど、そう考えたら説明がつく」
第二章は、『魚屋アーティスト』からの手紙。親が営んでいる魚屋を継ぐか、情熱である音楽を続けて生きていくか、という相談。この手紙は時空を超えて敦也たちに届く。相談者は、小さい頃にナミヤ雑貨店のオーナーである波矢おじいさんを知っていたので、回答をもらった時に回答者が知っている波矢おじいさんではないことを悟っている。最初は芽の出ない音楽家への道は諦めろという敦也たちだが、最終的に状況を理解した結果の最後の手紙の内容が、心がキューっとなるものだった。
『あなたが音楽の道を進むことは、決してムダにはなりません。 あなたの曲によって、救われる人がいると思います。そしてあなたが生み出した音楽は必ず残ります。 なぜそんなことをいいきれるのかときかれたら困るけど、それは確かなことです。』
第三章ではナミヤ雑貨店の相談室の誕生秘話とこの時空を超えた謎について語られる。ナミヤ雑貨店のオーナーである波矢雄治の息子である貴之が、父親を心配して東京から様子を見にくる。奥さんを亡くした後に元気を失っていた雄治だが、新しいことを始めたらしくとても元気になっていた。それが相談室だった。この章ではナミヤ雑貨店のオーナー自身が話の中心なので、敦也たちはほぼ出てこない。私がこの本で一番好きな人物を選ぶなら、ナミヤ雑貨店のオーナーである雄治だ。なんて心が広い人だろう。
「嫌がらせだろうが悪戯目的だろうが、『ナミヤ雑貨店』に手紙を入れる人間は、ふつうの悩み相談者と根本的には同じだ。心にどっか穴が開いていて、そこから大事なものが流れ出しとるんだ。その証拠に、そんな連中でも必ず回答を受け取りに来る。牛乳箱の中を覗きに来る。自分が書いた手紙に、ナミヤの 爺さんがどんな回答を 寄越すか、知りたくて仕方がないわけだ。考えてみな。たとえでたらめな相談事でも、三十も考えて書くのは大変なことだ。そんなしんどいことをしておいて、何の答えも欲しくないなんてことは絶対にない。だからわしは回答を書くんだ。一生懸命、考えて書く。人の心の声は、決して無視しちゃいかん」
「長年悩みの相談を読んでいるうちにわかったことがある。多くの場合、相談者は答えを決めている。相談するのは、それが正しいってことを確認したいからだ。だから相談者の中には、回答を読んでから、もう一度手紙を 寄越す者もいる。たぶん回答内容が、自分が思っていたものと違っているからだろう」
第四章は、ビートルズ好きの少年がナミヤ雑貨店のおじいさんに相談する話。これまでナミヤ雑貨店は子どもがナミヤ雑貨店のナミヤをナヤミに間違えてそこから悪戯で悩み相談をするようになった。基本的におもしろおかしいものばかりでだったが、この少年の手紙が初めて波矢氏が受け取った真剣な相談だった。それは裕福に育った中学生の相談者だが、親の商売が失敗し夜逃げをすることになって、どうすればいいかというものだった。これはこの本の中で一番重たい話だったと思う。
爺さんは、真剣な悩み事は受け付けないと突っぱねることもなく、何とかして真面目に相談に乗ろうとしてくれている。そのことがまず 嬉しかった。自分の置かれている境遇について知っている人がいると思うと、ほんの少しだが気持ちが楽になるようだった。手紙を書いてよかった、と思った。
「家族に関しての私の基本的な考えは、前向きな旅立ちを除いて、家族は極力一緒にいるべきだ、というものです。嫌いになったからとか、愛想を尽かしたからといった理由で離れていってしまうのは、家族の本来の姿ではないと思います。」
第五章は、また敦也たちに話が戻り、『迷える子犬』と名乗る女性からの相談。安月給の事務(事務とも言えない下働き)とホステスの仕事を掛け持ちしているが、どうしてもお金を稼いで育ててくれた人に恩返しをしたいというものだった。初めは、ホステスの仕事に全振りしたいと言っている女性を頭ごなしに言う敦也たちだったが、いろいろ状況を把握してから未来にいるという利点を使って彼女が歩むべき道を教える。
この章で、ナミヤ雑貨店とこども養護施設『丸光園』のつながりが語られる。そしてこの本の最後で、敦也たちが実験的に投函した空白の手紙の返事が波矢雄治おじいさんから送られる。
「私のところへ悩みの相談を持ち込んでくる方を迷子に 喩えますと、多くの場合、地図は持っているが見ようとしない、あるいは自分のいる位置がわからない、という状態です。 でもおそらくあなたは、そのどちらでもないのですね。あなたの地図は、まだ白紙なのです。だから目的地を決めようにも、道がどこにあるかさえもわからないという状況なのでしょう。 地図が白紙では困って当然です。誰だって途方に暮れます。 だけど見方を変えてみてください。白紙なのだから、どんな地図だって描けます。すべてがあなた次第なのです。何もかもが自由で、可能性は無限に広がっています。」
どんな相談にも真剣に答えてくれる、波矢さんにすごく勇気をもらえる話だと思った。実際に相談の返事(アドバイス)通りにするのが目的ではない。話を聞いてもらうことが大事であり、それで頭を整理できるのがいいんだろう。カウンセラーの仕事と同質だが、手書きの手紙ということでよりいっそう、読み直して、整理することができて、自分を見つめ直すことに繋がるんだと思う。
ビートルズの話は、今同時に読んでいる村上春樹の『職業としての小説家』のなかにも話がでてきて、ビートルズがアクティブだった時の影響力の凄増しさを感じた。第四章の相談者がビートルズを好きになったのは、ビートルズの第ファンだったその当時高校生の年上の従兄の影響で残念なことにその従兄がバイク事故で亡くなる。その設定を読んだ時、あまりにもびっくりした。なぜかというと、私の母の従兄が全く同じ状況で、バイク事故で高校生の時に亡くなったから。母が亡くなった後に、従兄の部屋を訪ねたら部屋はビートルズだらけだったそうだ。ビートルズと若い男の子たちに流行っていたバイク、などはその時代のトレンドだったのかもしれない。同年代に尾崎豊もいて、彼の『盗んだバイクで走り出す〜』という歌詞を思い出す。
やっぱりどうしても、時空を超えた話を読む時は頭の隅でいやそんなわけ、といった素直ではない部分が顔を出すが、十分楽しんで読み終えた。
東野圭吾はまた、他の本も読んでみたい。
それでは。今日もいい読書日和になりますように。

