現実と理想の狭間で〜ロンドンの日常

イギリス・ロンドン在住の20代。ロンドンで出会った夫と二人暮らし。芸術と旅行好き。本を楽しみたい。

読了『世界から猫が消えたなら』

この本も英語に翻訳されて結構有名で知っていたので、読むことにした。すごく読みやすく、どんどん隙間時間に読み進められる。土日を跨いだので読み終えるのに4日間かかったけど、おそらくトータル3〜4時間ほどで読み終えた感覚だ。

 

感想

とてもライトな文体で、読みやすい。主人公はごく普通な、どこにでもいそうな青年で、自分でももし自分の人生が映画だったらすごく短い映画になってしまうかもしれない、などと綴っているが、この本自体がその彼の人生に関してであって、ごく普通な人間の人生も深く見つめるとドラマがあることを教えてくれる。死が迫っている(取引をしないなら1日で終わる)のに、気持ちが暗くならない話。

一つ一つモノを世界から消していくことによって、どれだけそれぞれのものに意味があって、人間がそれぞれのものの思い出を持っているか、改めて気付かされる。

よく考えれば、世界にあふれるありとあらゆるものは、その「あってもなくてもよい」ぎりぎりの境にある。ひょっとしたら人間そのものですら、そうかもしれない。僕らが生きているのは、そんなでたらめな世界なのだ。

 

「ほとんどの大切なことは、失われた後に気付くものよ」

 

自分が存在した世界と、存在しなかった世界。そこにあるであろう、微細な差異。  その小さな小さな〝差〟こそが僕が生きてきた〝印〟なのだ。

 

あなたは最後の最後で、大切な人や、かけがえのないものに気付き、この世界で生きていることの素晴らしさを知った。自分の生きている世界を一周まわってみて、あらためて見る世界はたとえ退屈な日常であったとしても、十二分に美しいということに気付いたんです。

悪魔とともに、聖書に出てくるアダムとイブや神が1週間かけて世界を作ったことに関してが少し出てくる。この本の前に読んだ『アルケミスト』ではキリスト教イスラム教の描写がでてきたし、この本でも宗教の内容がでてきて、やはり宗教は人間を語る上でとても大事な要素なんだな、と思わされる。この本では、「フォレスト・ガンプ」「スターウォーズ」「ライムライト」などさまざまな映画の引用がでてきてそれも面白いし、さすが映画監督兼脚本家が書いた本だな、なんて思った。

ストーリーの最後に、話さなくなってしまった父との思い出が回想される。個人的にポストクロッシングという趣味を通して、実際に手書きで書くハガキと切手の魅力に気づいてしまった私は、この文がとてもお気に入りだ。旅行先で絵葉書を探すのは、とてもわくわくする時間だ。

父がパリの街角で猫の切手を見つける。父はつたないフランス語でその切手と絵ハガキを買い求め、近くのカフェで僕宛の便りを書く。切手を貼り、黄色のポストに投函する。投函されたハガキは郵便配達員に回収されて、パリの郵便局から空港へ。そして飛行機に乗せられて、日本に届き、僕の町へと運ばれてくる。その長い道のりを想像するだけで、胸がどきどきして眠れなかったのだ。

 

 

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簡単にあらすじをメモ。(ネタバレあり)

この本の内容は主人公が読み手に残した遺書。

主人公は二週間前から風邪をこじらせて、やっと病院に行ったら脳腫瘍グレード4と診断される。まだ三十歳。四年共にしている愛猫がいる。猫の名前はキャベツ。
病院から住む家に帰宅したら、自分にそっくりな、死の間際に現れる〝もう一人の自分〟が現れる。彼は、悪魔だという。普段の主人公と全く正反対で、すごく陽気で、派手な夏の装い。(今後アロハ、と呼ぶことにした)アロハは主人公が「あした死ぬ」ということを伝えにきたという。そこで、取引を提案する。その取引とは、世界から何かを一つ消すだけで、一日寿命が延びる。アロハによると、この取引は主人公が108人目らしい。消すものは、アロハが決める。ただ、皆いざ消すとなると色々考えてしまうから、最後に一回だけ消すものを使ってもいいという権利をあげている。
主人公が五歳の時に母が拾ってきた猫はレタス。11年生きた。レタスが死んだ日から母さんは何もしなくなって、家に籠って泣いていた。その一ヶ月後、母さんはレタスにそっくりな子猫を拾ってきた。一ヶ月ぶりに笑顔を見た。だが四年前にレタスと同じ病気で母さんが死んだ。父とは会話をしていない。まず初めに、電話がなくなることになる。最後に電話をかけたのは初恋の相手・三年半付き合った彼女。次の日会って話をした。彼女は映画館で働いて、同じ建物に住んでいる。昔、2人で卒業旅行にブエノスアイレスに行った。そこで知り合った世界を旅していた日本人トムさんと仲良くなるが、数日後いつものように帰りを待っても戻ってこなかった。その後旅先で亡くなったことを聞く。その後、26時間の飛行機の中一言も話さずに、数日後2人は電話で別れた。主人公は、電話では何時間でも言葉を交わせたのに、会うとあまり話さなかったことを思い返す。彼女は、次の日一緒に彼女の住む映画館で映画を一緒に見ようと誘う。
次に映画がなくなることになる。その前に映画オタクの友達ツタヤ(ニックネーム)に会いに行って、人生最後に見る映画を決める。チャップリンの「ライムライト」に選ぶが、レンタル屋あるあるのミスで、肝心のディスクが入っていなかった。元彼女と、その映画館で、結局、何の映画も選ばず真っ白のスクリーンを2時間眺めていた。
時計がなくなった。言葉を交わさなくなってしまった父は時計店を営んでいた。アロハの勝手な計らいで猫のキャベツが人間の言葉を話すようになる(なぜか時代劇風の話し方)母さんの話を聞かせるが、キャベツは覚えていなかった。昔に撮った写真を見せながら、キャベツに思い出を語る。母さんが死ぬ前に、母さんの願いで主人公、母、父とキャベツで温泉旅行に行ったことを思い出す。母さんが最後に僕と父さんが仲直りするのを願ってたことを理解する。
最後に猫を消すことになる。が、消せない。主人公は何かを消して生きるよりも死ぬことを選ぶ。元彼女が主人公の母から預かっていた手紙を主人公に渡す。母さんの手紙の最後は、お父さんと仲良く暮らしてください、だった。死ぬ準備として部屋の整理をして、宝箱を見つける。寡黙なお父さんが主人公が小さい頃にプレゼントしてくれた、様々な柄の世界各国の切手たち。僕はキャベツをお父さんに預けることにして手紙を書き、会いに向かう。